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八百比丘尼伝説
2006 / 09 / 21 ( Thu )
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図書館で地区の昔話の本を見つける。
こういったものは子どもだましではなく、意外に歴史資料として重要だったりする。なにより面白く読みやすい。
歴然とした事実だけでなく、“人々がそう思っていた、信じていた”ということに実は真実が隠されている気がする。だからこういった本を読むのだ~いすき。

と、その中になんとあの『八百比丘尼』の話が出てきたのである。
東京都北区になんで八百比丘尼なんだぁぁ??


八百比丘尼
若狭の国、勢浜の長者・高橋権太夫の娘で、白雉5年(654年)生まれ。
あるとき庄屋の家で、浜で拾ったという人魚の肉がふるまわれた。
人魚の肉は、食べれば永遠の命と若さが手に入るといわれている。村の人々はそれでも恐怖と無気味さが先に立ち食べることはできなかった。食べるふりをしてその場ではふところに隠し、帰り道にみんな捨ててしまったのである。
だが高橋権太夫だけは捨てずに、こっそり隠しておいた。
その人魚の肉を、娘が盗み食いしてしまう。
娘は以来十代の美しさを保ったまま何百年も生きた。しかし結婚しても夫だけでなく子供にすら先立たれ、両親も友人も死んでしまう。世の無常をはかなみ、娘は出家した。
そして、全国をまわり貧民救済、土地の開墾、長寿の教えなどを説いたそうだ。
その際に椿の木を植えたといわれ、八百比丘尼ゆかりの地には椿が必ずあるという。
最後にはまた若狭へ戻り空印寺の洞穴に入定したといわれている。(以上は数あるいいつたえの一説)


八百比丘尼が全国をまわった際に、この北区にも立ち寄ったという話になっているわけだ。

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