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藤田嗣治展
2006 / 05 / 11 ( Thu )

やっと行くことができました。しかし平日のこの時間なのにものすごい混雑でびっくり。
数年前「カフェの女」を群馬美術館で見て以来、私の中でわきあがっていた感情がいまやっと鎮まった。
私にとって彼の絵は、好きでたまらない、という絵ではない。とくに後期の子供の絵は私にとっては醜悪。ホラー映画に出てきた人形のような気味悪さをあたえるものだった。それでも妙に気になる絵、人の心にある何かに触れる絵であることは確かだ。面相筆の描き出す信じられないような細い線と血の通わない骨の色のような乳白色はやはりすごい。

URL:国立近代美術館
URL:『読書日記』より

藤田嗣治(つぐはる)「異邦人」の生涯


<藤田嗣治>64年前の墨画発見 青森の旅館で即興的に描く

[ 2007年10月14日 03時00分 ] 毎日新聞社

猫や乳白色の肌の裸婦の絵で世界的に知られる洋画家、藤田嗣治(つぐはる)(1886~1968)が、戦時中に青森市の旅館で描いたとされる墨画が真筆と確認された。温かい旅館のもてなしに感激し、即興的に描いたらしい。鑑定した現代美術資料センター(東京都中野区)主宰の笹木繁男さん(76)は「無駄のない線で描かれ、いかにも藤田らしい」と評価している。
 絵を持っていたのは五所川原市の無職、野宮進さん(77)、かし江さん(74)夫妻。墨画は縦22.5センチ、横30.5センチで、オコゼのような魚とエビが勢いある筆遣いで描かれ、右隅に「嗣治」の名と印がある。これとは別に「如鳥」と書かれた墨書もあった。
 かし江さんの母かねさん(故人)は、青森市のJR青森駅近くで旅館「西北館」を経営していた。かねさんが生前、進さんにした話では、1943年(昭和18年)の寒い夜、藤田夫妻と男性2人が旅館を訪れ、宿泊を頼んだ。北海道からの帰りに汽車の乗り継ぎができなかったと説明したいう。突然の宿泊だったが、りんご酒を振る舞い手厚くもてなしたところ、藤田が喜び、「おばさん、紙持ってきて」と言った。障子紙を手渡すと、藤田は墨でサラサラと絵を描いたという。
 戦後に旅館が五所川原市に移ってからも、一家は絵を巻物にして大切に保管してきた。絵を鑑定し、エピソードを聞いた笹木さんは「藤田の律義な一面がうかがえて興味深い」と話した。【野宮珠里】

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